私の暮らし

発達障害の子供たちと小さくミニマムに暮らしていくのが目標です。

雑多にくらす。


先日書いていたドアノブの件ですが
経年劣化でいけそうとのことでした。
ホッ。

今日は朝から来客があり早く起きて部屋を掃除しました。

掃除していて感じるのはなんだか片付かないなぁということ。

片付いてる風なだけでなんだかザワザワしてる感じです。

捨てても減らないし買っちゃうし、私ひとりの権限では捨てることもできないものが沢山ある。


無駄遣いをしない、と決めても片付かないという時点でそれなりにお金は使っているということ。

もし買わずに減らすだけならもう少しこざっぱりしてたっていいはず。

減らしては買っているから現状維持みたいになっているだけ。

人が暮らすのに数多くのものはいらないのだ、と言う人もいるがなければ無いで暮らせるだろうけれどそれが人としての暮らしとして成立するかと考えると私個人としては無いなら無いだけいいとは言い切れないと感じている。

モノが多くとも心穏やかで暮らしが成り立つならそれもありなわけで、少ないから幸せがくるといってしまうと私の暮らしには少なくとも馴染まない。

生きていくのに必要なものだけでは暮らせないから、というのが理由。

いつかいるものなんてその時買えばいい、それはそうだけどそのたびに買っては捨てるのはもったいない。

人の頭のなかに雑念が溢れているように
暮らしの中にもカテゴリーに納めきれないなにかが雑多とあってもおかしくないのかなって思っています。

だからといってむやみに買っては増やしは良くないですよね(-_-;)

家にものをおくと、それが少しずつ増えていくと自分の家になる感じがして。

多すぎて嫌になるんだけどみんなの家だから、いると嫌だけど落ち着く。

時々何もない部屋に憧れるけれど
それは今じゃなくてもいいと思っています。

いつか子供達は独立して夫婦だけになる。
その時も同じ気持ちでいたら始めればいいかな。と思います。



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なるよーにしかならんさ

昨日息子がトイレに入りガチャガチャ。

外から開けようにも開かない。

困って長女(ねえちゃん)をよぶ。

ねぇちゃーん、ドアが開かないよー


するとねぇちゃんは硬貨を使ってグリグリっとするとなんとか開きました。


が、また朝が来ると私が閉じ込められ。

全く開かない。
押してもひいても開かない。

真っ青になりながらガチャガチャしていると
なんとかあきました。

とはいえ、また閉じ込められたら嫌なので
不動産屋さんに電話しました。


諸々話して業者さんを手配してくださるとのこと。


いくらかかるかはわからないとのこと。

過失がこちらなのか経年劣化なのかによるとのこと。なるほど。それはそうですよね。


でもいくらなのかなぁ、高かったら怖いなあと一人でガクブルしていました。


その話をしたらねぇちゃんは

「なるよーにしかならんさ」

と言いました。

「こちらが悪いなら払うのは当たり前だし、運良く経年劣化だったらもうけものということ」

ねぇちゃんはは主人に似ているのか
まだ見ぬことに怯えたり悩んだりはほとんどしません。

なるよーにしかならん。

口癖はこれです。


怯えても怖がっても悩んでも結果は変えられない。

変えられるとしたら次同じことにならないように気を付けるだけのこと。

なんだそうです。

いつの間にかねぇちゃんは私の師匠みたいになってきました。


家族はみな、一人ひとり違うんだって
こういうとき感じます。


一人ひとり違うからうまくいくし
私にないものを持っていたりねぇちゃんが持っていないものを私が持っていたりする。

それが互いの苦手なことを乗り越える力になる。

一生ひとりでもいいと思っていた若い頃の私はこんなに誰かといることで幸せになれることを知りませんでした。

ひとりでは出来ないことも誰かとなら出来ることもある。

女友達は一人もいませんが
ねえちゃんは私の唯一の女友達です。

これからもよろしく。
そしてドアノブ、お安く終わりますように。


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とつとつと暮らす。

今日も雨でした。
行きは止んでいたのに帰りに土砂降りで
濡れて帰りました。

つくづくツイテナイ、そうぼやきたくなります。


こんな雨の日にも人々は働いていて凄いと思います。

アパートの修理をこんな日でもするものなんだと。


さて、今日は買い物へ行きました。
目的は卵と洗濯洗剤だけのはずが倍以上に膨れ上がるのは私あるあるです。

日用品って、毎度買っていて思うんですよね。
これ買わなかったら日用品費浮くのになって。

でも頼りきってきたからないといざの時不便で掃除をしそびれて気付いたときには埃山盛りなんてこともあるあるです。

無いなら無いでなんとかなるはずなのに
なんとも出来ないという。

毎日朝のルーティーンで家中にはたきをかける、なんて習慣もないし、今から私にできるのかもビミョーなところ。

毎日こまめにしていれば洗剤もあれこれいらないし、道具も必要ないことはなんとなくわかるのですがものぐさすぎていけません。

トイレや台所、玄関にお風呂。
日用品ってなんなんでしょう。

よくわかりませんが、日用品は多分あると便利です。

食べ物でいうところのレトルト食品みたいな手軽さと便利さがありますよね。


ストックしておいても腐らないし、時短になるし。

少々場所はとっても疲れたとき、しんどいとき
外食するくらいならレトルトでパパっと。ということも出来ますよね。

私のものぐさ具合ではだいたい3日にいっぺん、どこかしら何かしら掃除していればなんとかなると勝手に思っています。

私は2階建てに住んでいますが正直平屋に住めば良かったと後悔しているほど2階の掃除は面倒です。

2階は寝るだけなのをいいことに3日に1度クイックルハンディーみたいなのではたく程度。
掃除機は2日に1度です。

生活拠点は1階なので3日に1度何かしらどこかしらはたいたり拭いたりしています。

楽を追い求める私は最終形態はどのようになっているかいささか不安ですが怠け心には勝てません。

私は私のやりやすいペースで
とつとつと暮らしていければよいなと思っています。

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自分に優しく。

今日は雨の中美容院へ行きました。

初めての場所でGoogleに案内してもらいながらでしたので少し大変でした。

いつも安く安くと考えてきましたが
自分を労ることをしてみたいと思い、私としては少し高いなあと感じるお店を予約しました。

結果としてこれはこれで良かったと思います。

カット、カラーで¥10800でした。

一対一での施術で他の人に気を使わなくていいことや、最後まで同じ人が担当してくださる安心感。

あと私は引きこもりなので
他の人と話をする機会をあまり作れません。

なので気兼ねせずわちゃわちゃお話ができたことも凄く楽しく過ごせた要因だと思います。

商品の紹介はあっても押し付けがなく
さらりと終わり好印象でした。

一番ネックだったこと。それは
くせ毛を扱いやすく自分の髪を好きになりたい、という思いを今まできちんと聞いてもらえたことができなかったこと。でした。

くせ毛を扱いやすく?ならストパーか縮毛矯正してからでないと。

だいたいこう言われ、そうしてきました。

私には強くいう意志も足りなかったし、鼻で笑われる気がして伝えきれませんでした。

でも今回は話しやすい方でこうしたい、ああしたいとリクエストが不思議とできて
矯正以外でもくせ毛を扱いやすくする術はあるしカットでも工夫すれば大丈夫、とお互いにスムーズに意志疎通できたことで安心しておまかせできました。

今日は運命と言ってもいいほどの素敵な美容師さんとの出会いがありとても嬉しい日となりました。

こういう嬉しい気持ちを持てたことは意義があったし、たまにはちゃんと自分を労ることは必要なんだと感じました。


自分を労れると周囲にもきもち、優しくできるきがします。

いつも笑顔でいること、嬉しい気持ちを持っていることは大切なこと。と思います。

それだけで世界は変わるし、周りも変わります。

イライラしてやけ食いする前に過ごしているお金をかけて自分に優しくしてみる。

そうすると不思議といつも私ばっかり!みたいな気持ちから解放されます。

もちろん毎日続くかわからないですが
たまにはこんな日もいいものでした。



参加しています。


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1週間分買ったつもりが3日分。

今日はお給料日でした。

税金って、高いなぁと毎月思います。
でも多分この積み重ねが後々の自分達を助けることになるのでしょうからぶつくさ言っても仕方ないのでやめます。

私が一人ではぶつくさ言っていた金額も稼ぐことなんか出来ないと思うと夫は偉大です。

いつも言い訳してしなかったことをひとつ始めました。

それは献立を立てること。
当たり前じゃん!と言われても仕方がないのですが私にはなかなかハードルが高く出来ないので諦めてきたことでした。


その日その日安いものを買って献立をたてればいいんじゃん、とできもしないことをほざき
家計管理がたち行かなくなっていたというのに。

家中にある料理本やネットのレシピを参考に1週間分を組み立ててみました。

その材料を書き出して買っておけば1週間なんとかなると思いました。

その日その日買い物に行くのが正直めんどい私。

これから二学期に入ればあれこれ忙しくなり
買い物してる時間もちゃんととれるかわからないし、疲れて買った材料も使わず惣菜なんて買ってしまうと目も当てられません。

ただ残念なことに今日銀行の帰りにスーパーに寄って買うつもりでしたが抜けているのかメモを忘れて記憶を頼りに買い物をする始末。

帰宅してメモをみると案の定買い忘れが三日分も!

私、1週間分と思って買ったのにそれが三日分しかなかったのに1週間分の代金を支払った私って、ホントにバカなんでしょうか(; ・`ω・´)

メモになかったのにキノコ類が安くて買ってしまったし、イカが美味しそうでイカも買った私。

イカは献立に必要ないのに!ばか!わたし。

気分屋で流されるからいけません。

調子こいて来週の分までたてて、なぜかその材料の一部を買うという‥あほさ。

これだけじゃ作れないよ。

来週までもつ?これ?
いえ、三日分しか買ってないのですから
来週の献立から引っ張ってきてやるしかありません。

余分に買った材料でレシピを絞りだししのぎたいところです( ノД`)…


ただ、メモの通りに買うとなると
あら?いつもより50円も高いな‥というときも
買わないと献立が成り立たない気がして買ってしまったわけです。

その場で代用品を思い付けないのがスキルの低さを物語っています。


次回からはこれを教訓とし、代用品をおもいつけるスキルを会得したいところ。


とにかもかくにも
まとめ買いをしたので献立通りに進められるか否か?

予算を守りつつ1週間やれるか、頑張ってみたいと思います。

参加しています。
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憂うということをしない。

わたしは根っからの心配性です。
不安感を強く持っているし、ああでもない、こうでもない、といつも何かを憂いています。


強く願いすぎて現実になるかもしれないと思うくらいです。


そんな私に対して夫は真逆で
口癖は「気にしたら負け」


気にしても仕方がない、自分の力でどうにもできないことを悩んでも何にもならないよ、そういう人なのです。

なんとかなるさ、精神。


なんとかなるかもしれないし、ならないかもしれない。そのときはそのとき。

少々恥をかいたってへっちゃらです。

この点において夫はすごい人だと思います。

怖いものがなく、怖がらず
ぶつかってくだけても運が悪かったと終了。

わからないことはわからないといい、なんとかなるさ精神で失敗して恥をかいても死ぬまでかくわけではないと気にもしない。

私にはこんな風にはなれません。

一度でもかいた恥は当分忘れられないし、ひきずります。

夫は切り替えてへっちゃらになれる。
ひきずらない。

私にないものを夫がもっていて
神様に感謝だといつも思います。

そんな夫がいつものように
「なんとかなるさ、大丈夫」

そう、いってくれる。

うん、大丈夫。きっと。そう思える。

ダメなときも良いときも一緒にいれば乗り越えられる。

そう、力をくれます。

だから憂うのを、やめます。

毎日一ミリ。

手帳術なるものを何度も何度も試しては
頓挫して今に至る。

無理やな。
飽き性で続かん。
堪え性がない。
だめすぎる。


メルカリでお手製の家計簿も買ったし、メルカリで暮らしを楽しむ方々のお手製のリフィル?なるものも買った。

意気込んで続くのはせいぜい2日。
三日坊主にもなれやしない(-ω-;)

一月書いて山積みの家計簿。
捨てるに捨てられない。

いつか、いつか、一年分を集計してやろうと思っているから。
思っているから。

思うだけでしないけど。
思うだけで願いは届くの?とどきゃしない。

年間いくら使っているのかを知るのはめちゃくちゃ恐怖でしかない。

知らなければ始められない。
始められなければ始まらない。

わかっていて、ここ。
こんなとこにいて呑気に記事かいて。
だからダメなんだ。

甘いとか、主婦としてくず、とか言われても仕方ない状況。

変わりたいし変えたいし、何かをなし得たいし進んでいきたいし、進化したいし、胸を張れる自分になりたい。

たいたい病です。

~しなければ
~でないと
~したいのに
~になりたいのに

変わるきっかけもチャンスも
スイッチはきっと持っているんじゃないかと思うことがある。

私はスイッチはこの世のどこかの扉の奥に隠されていてそれを見つけ出し扉を明けスイッチを押せたら奥にある巨像が動いて道が開けて光がさして爽やかな風が鼻をぬけて髪をなびかせながら眩しく光る陽射しを手で遮りながら眩しくキラキラしてる自分、を想像してとおーい目になる。

んなわけがない。

君はスイッチそこにあるのに、押していないのですよ、と誰かがいっている、それを無視って膝を抱えてる状況、といったところか。

押したら怖いじゃん、押したら引き返せないよ?
責任とか人生とか言われても、無理よ?
みたいな弱虫感満載。

そう、わたしは弱虫なのだ。
怖がりなのだ。

見てもいないものを見た気になって
怖いと聞いて怖いと思い込む。

自己分析を繰り返してもスイッチは押せない。


私が変われないのは

手帳術がうまくいかないからじゃない。

丁寧な暮らしに夢破れたからじゃない。

変わるのが怖いだけ。

自分を変えるのは他人を変えるより怖いこと。

堪え忍ぶことのきつさに
自分を追い込むことに
躊躇しているだけ。

わたしは私が嫌いなのに、私がかわいい。
変な話だ。

今日より明日一ミリだけでも進むこと、はじめること。

今日は数多あるやることのひとつを必ずやり遂げよう。

今日は何をする?

「▪まず、家を片付けよう」





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