迷える大羊

いみのある日もない日も私は私。どんな自分でも今あるこの世界で生きて暮らして綴っていく。糖質制限始めました。たまに買い物の話を。

家計簿の迷い子


結婚して14年。
まともに家計簿が続いたためしがありません。


飽き性なのか三日坊主なのか
なんなのか、続かない。

づんの家計簿やクリアファイル家計簿

袋わけ、電子マネー管理、アプリ。

イロイロしてみました。

一週間続いたものは、ありませんでした。


これはきっと、私自身の問題なのだと思います。

何も続けられない。
唯一続いているのは結婚生活くらい。


これだって相手あってのこと。
私一人の力ではどうにもならなかった。

我慢して耐えてくれた夫がいたから
続いてきたのです。
夫に感謝しかありません。


生活費として固定支出と流動支出があって
固定支出を抜いて、出来れば先取り貯金分も抜いて残ったもので暮らせれば今の私には御の字だと
考えています。

あぁ、そう考えたら
少し心のなかでハードルが低くなったような
気もしてきました。


収入から固定支出➕先取り貯金分をひいて
残りで生活する。

なんか、出来そうな気がします。

ああ、でも私は献立をたてられない
ダメ嫁。

まとめ買いも作りおきも、一週間分の献立を立てて買いものをすることもできません。

メニューを考えるのはひどく苦痛です。


あぁ、でもblogに愚痴りながら書いていたら
妙案が浮かぶやもしれません(;´д`)

頭のなかにプカプカ浮いている様々な事柄を
ひとつひとつ、こうして出していかないと
別のことに埋もれて忘れ去られ、消えてしまいます。


アウトプット、という、作業てきな。


いろんなことがプカプカ浮いています。
そのどれもが今すぐに答えを出していかないといけない気がするものばかりです。


優先順位をつけるのはたいそう下手くそです。


まず、一番に考えないといけないこと
どうにかしなければならないことを

ひとつずつ取り出して並べて
判別していかねばなりません。

その作業中です。

家計簿をつけられるようになることと
献立をたてること
決められた生活費で暮らすこと

まず、この三つを
目処にしていこうと思う。

献立をたて、決められた生活費のなかで
暮らせれば家計簿は出金簿としてつけるだけで
事足りるようになってくれるはず。

苦手なことばかり。
でも明日も明明後日も
変わらずそこにある。

ひとつずつ、やりきっていくしかない。

課題を消化。

うまくいかない。

思春期の娘。
扱いが難しいなあ。

ほんとに。


自分も多分こうだったんだろうけど
親も苦労したのかな。


ここは通り道。
そう思っていても通ってる最中は
しんどい。しんどいな。


彼女の気持ちが、見えなくて
掴めなくて、どう伝えたら伝わるのかな。

人の心は見えないし、わからないし
つかめない。

正解がない。
答えがない。

だから、こうして悩むんだね。
誰かとわかり会いたいがゆえに
悩むんだね。

いつか、伝わればいい。
いつか、こうして悩んだことなど
思い出せないくらい笑いあえる、親子に
なりたいね。

本当のほんとうのほんとうの自分のなりたい自分はなにか?

今生きている自分は自分だけど
本物じゃないようなそんな気持ちがする。

ほんとうになりたかった私じゃないと
そう、思うのだ。


ほんとうになりたい私にはなれてない。
どこか無理をしていて疲れていて
弱っていて怒っていて、しんどさしか
感じなくなって。

目に写るものすべてが美しく見える。
見えるけれど遠く、作り物のようなそれはとても美しいのだけど決して手の届かない場所にあるもののようなそんな気がしてならないのだ。


この耳に届く音色は優しく美しく心を何度もうち、揺さぶられるのに
ここから一歩も進めない気がしているのだ。

ここには居たくない。
ここじゃない、どこかへ。


目に蒼い景色を眺めながら
空を仰ぎながら
想いを馳せる。

どこかに、私のいるべき場所があるような気がする。ここじゃない、気がする。

どこなんだろう?
それはどこへいけば辿り着くのか?


もう疲れたなあ。
無理して生きていくのも疲れたなあ。

あれこれ考えるのも工夫するのも
悩むのにももう、疲れたなあ。

朝がきて、昼がきて
夜がきて、ああ、今日も楽しかったねと
そうお風呂で笑えるような、そんな時や場所を
猛烈に求めている。

お金がなくても、車がなくても
派手なネオンはなくても本屋もガソリンスタンドも
コンビニもなくても

あはははって、
笑えるような息のできる濃い日々を送りたい。

毎日同じ漬け物を食べても、うまいなあって
思える自分になりたい。

淀んだ心を捨てて
澄んだ眼がほしい。

風のにおいや空の色や
川の水の冷たさや星星のきれいさを
余すことなく、胸に詰め込んで
吸い込んで、はあーとはいて
眠りにつけるような、そんな暮らしを
そんな暮らしをしたいなあ。

目を洗い心を洗い
私のなかをゴシゴシ洗ってよどみきったなにかが
流れきれば

なにか、あたらしいものを
みつけられるだろうか?

もうすぐ引っ越しです。

この度、夫の転勤に伴い引っ越しすることとなりました。

引っ越し準備におおあらわ。
もう毎日ストレス(T-T)

どこもかしこも片付けだわ、修理だわ、捨てるか否か、買うか買わないか、もうあっちゃらけ。

いやんなるわー。


ゴミ袋、有料だからもうお金かかるー!


もう捨てに捨ててまだなんかある! 

けど、それくらい溜め込んでいたということとわかる。

それだけ無駄なものを買ってきたし置いといたのだ。何年も。

風水なんてうわべだけしたって
だめなんだわ、これじゃあね。って思うレベル。


溜め込んでたものが多すぎる。
欲の塊がわんさかある。

それでも捨てきれず悩む自分に欲望の塊が胸のうちに巣くっているとわかる。

ああ、無駄なことをしてきた。

昨日今日と古本を売りにいった。
50~60冊程度で4000円ちょっと。わお。

夫が趣味で集めた漫画は宅配買い取りをお願いしてみた。これはまだ途中。
結果はのちほど。


一番頭が痛いのは今住んでる家のこと。
敷金だけじゃあぜーったい足らない!
あたまいたいー。

いくらかかるんやろう?
不安だ(T0T)

服もだいぶ捨てました。

買うときは良くても捨てるのにこんだけ
手間とお金がかかる。

もうほんとに、次からは
無駄な買い物をしないで生きていこう。

お金も場所もメンタルも無駄になる。

無駄遣いをやめよう。

要るものだけを買おう。

初リメイクの、はなし。


今まで捨てようか悩んでいたブラウス。

リメイクすることにしました。


大袈裟なものではなくて、襟をとって
ノーカラーにという。


あらかたザッとやり方をネットで見たので
その通りにしました。

リッパーで外して、ミシンで縫う、という。
それだけです。


髪を切ったら似合う襟とそうでない襟が発生して捨てるかどうか悩む羽目になったので

襟をとっちまえばいいんだ!と
そうしました。

よーくみたら、あ!かもしれないレベル。

いーんです。いちいち私の襟元なんざ
誰も見ちゃいないはずだから。

捨てる、メルカリ、そしてリメイク。
リメイクは面白いですね。

ズブの素人だけどやってみたら
はまるんじゃないかと思える楽しさ。


新しく買うばかりでもなく今ある服を
自分好みに作り替えてみるというのも
手として面白いです。


ということで次はシャツの裾あげをしてみたいです。長すぎる袖も短くしてみたい。

これは少し難度が難しそうで
勉強してから。
もし、詳しい方がいたら教えてください。

世話の焼ける女だけど世話は焼きたくない。


今日は蒸し暑い。
子供たちはプールがなくてすねている。

ミニマリストを目指すことを諦めた私は
今は何マリストでもありませんが

服に関していとまなく沸き上がっていた感情を整理すべく、毎日手持ちの服を眺め、ネットをみて

色の会わせ方や、着こなしや流行りなどをみて
無印やユニクロでも上手に着られている人のブログにお邪魔してセコセコ物事を考えています。


ふと思ったんです。
私には良いものを長く着るっていうのには
向いていないって。

財力もそうだし、専業主婦だし、洗濯には気を使えないし、シミやほつれを直すのも下手くそ。

修繕したり、大切に手入れして着ていくということには性格的にも不向きであると思いました。


そんな私が何万もするいい服を買ったら
途端にダメにするでしょう。
そして、いい値段だったから余程のことがないかぎり手放さないでしょう。

見る人が見れば一万円のシャツと1000円のシャツの差は歴然で質がどうとかパターンがどうとか
そういうことが言えるはずですが

あいにく私は凡人でそういったことは
詳しくない。

安くて質の良いものが出来ればほしい。
そんな程度の考え方です。

一万以上したそれこそ清水の舞台から飛び降りた気分で買ったブラウスをそれこそ恐る恐る着て
ネットにいれて洗濯してみました。

洗いあがってシワを伸ばして干して
乾いてみたらなんか、あれ?と
思ってしまった。

輝きは何処へ?
隣でユニクロのシャツがはためきます。
あんまし、変わらないなぁ。

その様子がなんとなく私の物欲に水を指し
あらっちまえばこんなものかと
不思議な気持ちになりました。

買った時は美しかったけれど
私の住む世界に招いてみると
そうでもなく。

浮いてるなあ。
アイロンあてなきゃ着れないなあ。
襟、折れてんなあ。
シワ、気になるなあ。

といった具合に不満続出。


そうだ。私にはこういう世話のやけるブラウスは手に負えないのだと。

着て洗ってまた着られなきゃ着なくなると。


と、冷めて。


自分が世話を焼ける範囲の服にしないと
さすがにもったいない。

そう気付いて、値段やハンドメイドや一点ものや
パターンがどうこうとか、そういうのは
もういいかと思うことにした。

着たいものを着よう。
世話の焼ける範囲の服を着よう。

生まれてはじめてのドライカット


タイトル通り。

もうすぐ40手前の私ですが
生粋のくせっけ。

思春期の頃には我が髪に絶望して
人生危うかった日すらあるほど。

最終的には縮毛矯正に頼るしかなく。

うん万円も出して何時間も座って。
三ヶ月もすれば根元がうねり
また通うはめに。


そんな繰り返しをしてきてもう40手前。

ふと、新しく出来た美容院に
ドライカットの文字。

鋤かずにスタイルを作るのだとか。

くせを見ながらカットしてくれるので
仕上がりも長持ちし、扱いやすくなる。

という、説明をうけて
お願いした。

税込み5400円。

うん十年鋤かれて当たり前だったので
全く鋤かれないのが新鮮で

仕上がるとすいていないのに
まとまっているし扱いやすい。

不思議だ。

今まで三ヶ月毎に縮毛矯正をし続けることに
ようやくピリオドが打てそうだ。

実際のところ、このカットが何ヵ月扱いやすさを持続してくれるのかはわからないが

もし扱いやすいのであれば
これから髪にダメージをひどくかけずに
しかも今までの3分の1でヘアスタイルを維持できるのならいいような気がする。


シャンプージプシーをやめ、縮毛矯正ジプシーをやめられれば人生における悩みが減る。

三ヶ月後が楽しみだ。