KOKOTI

いみのある日もない日も私は私。どんな自分でも今あるこの世界で生きて暮らして綴っていく。糖質制限始めました。たまに買い物の話も。発達障害の事についてもたまに書きます。

人間関係という概念


私はメンタルクリニックに通っている。

主治医は女性で
凛とした空気の賢そうな人だ。

ただ生易しいことは殆んど言わない。

時おり言葉当たりがキツくて
泣きそうになるほどだ。

でも不思議だが、その先生に時々
頑張れたことやできたこと、やろうと前向きになっているという話をすると

それはまた柔らかな雰囲気で
優しく笑ってくれる。

それがなんだか担任に誉められた小学生のように嬉しくなるのだ。

大の大人に向かって

「よく頑張りました」

なんて、普通に聞くといらっとしそうだが誉めてもらえると嬉しくて仕方ないのだ。

何か次にきたときも報告できるよう材料を探したりする自分がいる。
もはや、気持ち悪い世界(T-T)

そんな主治医とは紆余曲折ありながらも
今は全幅の信頼を置いている。

私は内気でコミュニケーションが下手くそだ。人見知りで友達もいない。

人の言葉に傷つくたび自信をなくし
エグエグ言っていると

人間関係というのは私はないものだと思うと言った。

人間関係がうまくいかなくて苦しんでいる人がたくさんいるが私の考えでは
軸を自分にせず周りや他人に合わせているから不安になり苦労すると思うと。

私はわたし。そう、思っていたら
他者が何を言おうと自分軸で生きていれば気にならない。

ふーん、あなたはそう思うんだね、でいいじゃないか。

合わせる必要も、機嫌をとる必要もない。そもそも相手の腹のうちなどわからないのに機嫌のとりようなどない。

何を思い考えているかもわからないのに
その、相手の心中を想像しても無意味で
それで勝手に傷つくのは不毛で

例えば自分の発言で相手が嫌な顔をしたとする。普通なら自分の発言で気分を悪くしたのかもしれないと思う。
そこから負のループがはじまってしまう。

相手はもしかするとその通り自分の発言で気分を害したのかもしれない。
けれどたまたま虫の居所が悪く
誰が何をどう言おうとムカついている時なら悩む意味がない。

そんなの相手に聞いてみなきゃわからないじゃない!と思う。
それが人間関係を、自分からややこしくしてしまう。

聞かないとわからないからと不安になり自分のせいで人を傷つけたと思い
自分なんて喋らなきゃいいんだ、とか思い込んでしまう。

だからわからないよね、そんなの。

相手が何にムカついているのか。

私になのか、発言でなのか、元々なのか、あるいはなんだかこの人嫌いなのよねみたいなところから始まっていることもある。

わからないことを悩んで
人間関係につまずいたという。
それは勘違いというものよと。

あくまでこれは私の主治医の見解であるが、私はこれを聞いてから
嫌われてもいい、ハブられてもいい、
そんなのどうでもいいと思えてきている。

私はわたしだから、嫌いなら
それは仕方ないよね。

一番大切にしないといけないのは
自分自身。

一生つきあうのも自分。

人生のなかでたまたま出会った人に
心を砕かれる暇はない。

その人が私になにをしてくれるのか?

ワタシのことは私が大事にしないで誰がしてくれるの?

少しずつだけど思えてきたことで
変われそうな気がしている。