迷える大羊

いみのある日もない日も私は私。どんな自分でも今あるこの世界で生きて暮らして綴っていく。糖質制限始めました。たまに買い物の話も。発達障害の事についてもたまに書きます。

胸のうちに従うということ。

最近何かしらと思い付くまま
暮らしています。


つくりおきもやめて、献立ノートも撃沈して、本当に献立や食事作りは
苦手で仕方のない部分。

けれど、しないというわけにはいかない。けれど、しなきゃと思うと嫌気が差して堪らなくなる。


フリーマンだらけの我が家。


それぞれが華麗なる個人プレーだ。


統一感、という世界には無縁。


同じものを同じように同じ時間に食べることすらも難しい。


食べたいものが各々違い、各種揃えるならば中華料理のテーブルみたいになるだろう。


なので、めんどくささを極めた私は
何を作ろうー、と想いをふわふわ浮かせておき、ググッと獲物が引っ掛かるのを待っている。

釣りのような具合に。


私の頭は献立を計画的にたてることがどーしても、できない。
できないことを悩むのはもうやめた。

思い付かない日は
炊き込みご飯
味噌汁
漬け物

子供たちにウインナーかハムエッグをつける、程度である。

それが次の日も続いても
誰もなにも言わないのである。

自分で作りなさいよ、といわれたら
たまらないからだろう。


黙ってでてきたものを食べる。
そういうことだろう。


なので、最近悩むのをやめて
釣りをする。

そして胸のうちに従う。

直感、思いつき。
そういうものをすくいあげて、暮らしている。


きっと今の私は悩むスペースも頭のなかにないくらい色々山積みで
積んでいて考えることができない、のかなと思うことにした。


気づくと同じシャツばかり着ている。
洗って、干して、着て、のエンドレス。
気にならなくなりました。
歳のせいかな。
めんどくささを極めたせいか(;´д`)

考えないのは楽です。
思い付いたこと、落ちてること
拾ったもの、置いてあったもの
釣りで引っ掛かったもの、
そういうのから決めていくのは
今の私にはとてもらく。

考えたけど答えのでないことに
疲れました。今は。

しばらくろくに考えずに
暮らして頭のなかを少な目にしていきたいです。