私の暮らし

発達障害の子供たちと小さくミニマムに暮らしていくのが目標です。

貯金するために。

貯金するために私がはじめたことは
家計管理のblogを読んだり、貯金の指南書を読んだり、家計簿を何種類か買ってつけてみました。

まず、いくら何に使っているのか
支出を洗い出しました。

驚くことに笑うしかないくらいの大赤字でした。


一ヶ月、まず一冊目の家計簿をつけてみました。

そしてつけにくさを感じます。
何がつけにくいのかを考えて、次の月につける家計簿を選びに行って買いましてまた一ヶ月つけてみます。

それを繰り返しているところです。

まだまだ家計管理の入り口にすら
いないと思います。

でも貯金すると、決めたから
やるんです。


我が家の収入は夫のお給料のみ。
平均23~25万円くらいです。
残業が続くと少し上乗せされますが
これからは毎月24万円で暮らすと決めました。

24万円で家族5人暮らしです。

きついのか足りるものかわかりません。

よそのうちにあるけどないものはうちにはたくさんあります。

マイホームも車もパソコンもないし、プリンターやFAXも電話もない。

でも不便じゃないし、どうにかなります。


あるもので、暮らせばいいんです。
欲をかいてロクなことは、ありません。

ついでにいうと、貯金もないし保険もなにひとつかけていないし、明日にでも路頭に迷うことになったらなすすべはなさそうな勢いの我が家です。

二年後には長女が高校生になるし、その頃
二女が小学校に入学するしで教育費の目処もありません。

だから、貯めます。
子どもの教育費も必要だし、夫にいざということがあったときのために年収一年分くらいの貯蓄も必要です。

もう貯めるしかないところまで来ています。

貯められない、なんて言ってたら
家族5人明日はありません。
明日のため、未来のため、明日を仰ぎみるため
明日笑うため、今から貯めます。

貯金をする、という道を進むことにした。


お恥ずかしながら、我が家には
貯金、というものは1円もありませんでした。

その理由は家計管理の下手くそなわたしの紆余曲折が招いた災いであります。


家計簿も続いたことがないし、赤字だ黒字だなんて無縁な家計でした。

口座もいくつも作ってはそのままで
一人で三つも四つも持ってたりしました。

その場その場でお得、とか便利、とかにつられて作ってはそのままで放置。

貯金するお金もないから、空っぽ。

そんな空しい口座もいよいよ、おさらばしました。


私は、貯金する、。

そう決めたのです。

まず年間で50万円貯めます。


家計管理は下手くそなまま。

それでも、工夫をして試行錯誤して
家計を立て直して
私は貯金する。

口座を作って、毎月いくらかずつ貯金して
一年が終わる頃には50万円貯められましたと、ここに書けるようがんばります。

心砕ける。


そんな出来事の多い昨今。


息子は今日も泣いて帰ってきた。

また、嫌なことを言われて服を引っ張られて
僕はもうどうしていいかわからないよ。

そう言って泣いていた。


友達とうまくいっていないからだ。


もとい、元友達と、うまくいっていないからだ。


距離を置くようになったのには
それなりに理由がある。


一方的に悪者扱いされたうえに疑われ
言いふらされ、今日にいたる。


学校にも色々お願いしたこともある。


当人には何を言っても伝わらず彼の親は
あてにならないひとだ。


うちの息子が、そんなことをするはずない。
そんな教育はしていないのだと。


息子を守るため、親の私は何ができるか。


ひとまず送り迎えをすることにした。


今の息子は過敏で相手の存在そのものに恐怖しているくらい、ひどい。


同じ空気を吸い、同じ空間にいることも
目にすることも耐えられなくなっている。


いつか、そう遅くはない時期に
不登校という道を選んでもおかしくない。


その時はそれでいいんだ。
それが息子の出した答えなら、それが
逃げだろうと、なんだろうと
それでいいんだ。

弱くていい、強くならなくていい。

嫌なことは嫌だと言えるならそれでいい。
僕は、こうしたいんだと言えるなら
それでいい。

そんなことくらいで、そんな程度で弱音吐いてどうするの?

そんなこと、どうだっていいよ。


そんなことかどうか、決めるのは
本人だけだから。

外野の私達にそんなことかどうか、言えやしないよ。

今、辛いなら逃げればいい。
隠れたらいい。

立ち向かえるだけの時間をかけて
立てるようになったら、立ち向かっていけばいい。


息子が学校に行かなくてもそれでいい。
勉強はどこでもできる。
フリースクールだってある。
必要なら塾に通う道だってある。


何をどうしてそこに居続けなければならない理由なんてない。私はそう思う。


息子が何をどう、決めていくかは
わからない。

何を選んでも支持する。
それだけは決めている。

そうだ、そうだったんだね。

ミニマリズムに取り付かれてきたこの道。
振り返ればなにもかも残らなかった道。

手元に要らないものを売ってお金にして
手元に置いていても心に安らぎはやってこない。

もののない器やケースをみても
心はがらんどう。


一体全体何がいけないのか、わからなかった。


けどそれが解った日。


ネットで読んだ記事のことば。がそれ。


消費を減らすのではなく
生産する側になること。

家中からものを撤去するのは
本当の意味でなにも成せないこと。

消費を抑えて出費を抑えて暮らすのは
ミニマリズムでもなく質素なだけなのかも知れないということ。


私のなかにずっとあった、捨てても捨てきれなくてまとわりついている何かや不安は
ここからきていたこと。

捨てるばかりで何も生み出せていないこと、捨てきったあと何をしたいのか見つかっていなかったこと。

それは足の踏み場もない床を片付けたらいらないものの下から見つかる答えのようなものを探していたから。

底が見えてきても何も見えない。今も。

もう捨てるものはないのにでも焦っている。
捨てきらないと幸せはこないのにと。

着れるけど使えるけど捨ててきたもの。

それは、本当にいらなかったの?
今もわからない。

でもヒントを今日見つけて私は考えていこうと思った。


生み出す側にまわること。

自給自足をできるようになること。

必要なものは必要なだけ自分達の手で生み出して不要なものなどないようにすること。
始末な暮らしとはそういうことなのかな。

必要なぶんだけ作る。余りもきちんと生かす道を知ること。そして不要に捨てないこと。

生み出す側になることは決められた収入内で考えるだけじゃなくプラスを考えていくこと。

私自身も収入を生み出す術を身に付けること。

そのために何がしたくて、何がいるのかを
改めて考えていくこと。

そんな私はミシンを買った。
家に子供と居てもできること、すきなこと。
好きな布で好きな鞄をつくること。

いつかいつか、服も作れるようになりたい。
子どものや、私のや、旦那さんの。

いつかは、いつかな。、

きっと、その日を迎えたよとここに書けるまで頑張ろう。

多分本当にツイてないと感じた日。

今日は本当にそんな感じの日だった。

こんなことあるんだね、ってくらい
ついていない一日。  

悪い方に考えることは
悪いものを呼ぶのかな。


嫌な予感は的中しやすい。
宝くじはあたらないのにさ:-(

こんな日もあるんだ。仕方ない。

明日は今日より良いことがあるといいな。

同じ間違いをしないで
次に行けたらいいな。


今日はミシン糸を買った日。
白と黒。

ミシンで小物を作って副収入を得られるようになる目標を立てた。

外に働きに行くことしか道はないと思ってた。

これは夢、まだ夢だけど
叶えていきたいと思えた夢。

きっと叶ったよとここに書ける。
そう信じて進んでいこう。

吐き出した言葉は取り返せないんだ!

って、娘が見てるDVDのアニメのキャラが
叫んでました。


あー、その通りだねと思った。


口をついて出た言葉がたとえうっかりでもなんでも取り返せやしない。


育児真っ盛りないま。


この言葉は胸に染みる。


親だって人間だもの。イライラしちゃうこともある。いっぱいいっぱいになって
つい、言っちゃいけない言葉を子供にぶつけてしまうこともある。


けど、人間だもの。


頑張ってたから頑張りすぎてたから
もう耐えきれなくていっちゃうこともあるよね。


それは、大人の体のいい言い訳なのだと
改めて思う。


親だって人間だもの。頑張ってるんだもの。


だからつい思ってもないこと言っちゃうんだよ。
でも本心じゃないんだよ、それも結局大人の言い訳。

だからって、チャラにはならないよね。
それをきちんと大人の私も覚えておかなきゃいけないこと。


本心じゃなくたって、そのとき子供は傷ついた。それは確かなこと。
傷つけたのが私なのも確かなこと。

ごめん、って謝っても
傷は治るのに長い時間がきっと掛かってる。

親だから何を言ってもいいわけじゃない。

ひとを傷つけたんだから、謝って済まないことをきちんと覚えていよう。

そしてその傷は早々癒えるものではないことを知っていよう。

傷つけたぶんを何かで取り替えそうとする自己満足を辞めよう。

ひとを傷つけた私はなんてひどいヤツなんだと自惚れるのは無しにしよう。


傷つけてもつけられても痛いんだって
忘れないで生きていこう。

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常備菜ブーム、終わりました。


私には向いていませんでした。

何を作り置くか考えるのもそのタッパーを増やすのも作った常備菜をどう食べるかも
本を真似てみたけど私の暮らしかたに
うまくはめこめませんでした。

週一のまとめ買いや
献立を立てておいて材料を確保することも。

予算を決めてちょこちょこ2日分くらいの献立を考えて買い物するくらいはできました。


生協の宅配をお願いしているので
魚や肉類の加工品も買います。
便利です。私にとっては。

いちから作る手間を省ける。
冷凍しておける。揚げたり焼くだけでいい。

疲れたー、ご飯なんて作りたくない!という日には助かります。


へたすると肉類はソーセージやウィンナー
魚は缶詰めでも充分。

一汁二菜なので大おかずと小おかず、あれば
納豆や冷奴、漬物などで食事です。


結果としてうまくやろうとすれば出来ただろうし、改良を重ねればうまくいったはずです。

だけどそうしなかった。

諦めが早いとか、努力が足りないとか要因はあると思います。

でも無理するのをやめました。作り置きは便利であることは否定しません。

私には向いてなかったということだけ。

その日その日買い物に行って
美味しそうと思ったものや安くなっているもので考える方が楽でした。

リメイク、アレンジの下手な私には
同じものを食べ続けるのにも飽きていたし
食べないと、という風に思ってしまっていたんですね。

あれがあるから便利!ではなく
あれがまだあるから食べないと、でした。

そういうのは美味しくない。
もったいない。

勿体ない、というのは何をもってして
勿体ないというかは人其々なのですね。

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