迷える大羊

いみのある日もない日も私は私。どんな自分でも今あるこの世界で生きて暮らして綴っていく。糖質制限始めました。たまに買い物の話を。

偏見というのは身の内にある

偏見を持たれたり、それによって差別されること。

それが怖くて嫌で打ち明けられないこともあります。

私の場合でいえば17歳から治療中の精神疾患により自傷行為をしたため
いついかなるときも腕を人に見られるのが嫌で長袖です。

子供たちが発達障害ということがわかっとあと、その事をつい臥せがちになる自分に気付きます。

偏見の目で見られたくない、その想いばかり強くなり先走ります。

けれど一番偏見をもっているのは
私自身かもしれない、そう感じるようになりました。

恥ずかしい、恐い、蔑まれるかも、
そんな想いが先にたち
自分のことを、正確に話することが出来ない。

オープンに出来ない自分が
一番閉塞的で自分に偏見をもっているのでは?と思う。

私は私なんだよ、と自信をもてないで
偏見がどうのこうの言う筋合いはないのかな、そんな気がする。

私は私のことを受け入れられないで
誰が受け入れてくれるだろう?

下手うったっていいや。
無くしても笑われても何が起こっても
そんなことどうだっていい、そう思える強さが欲しい。

私は私なんだよ
知ったこっちゃない!
って笑える強さが欲しい。

偏見に勝つために必要なのは
自分自身の殻を破る勇気。

誰かのために生きているのではなく

私は私のために生きているのだと
強く思える力。

これが私。何か文句でも?

こういって笑い飛ばしたい。

ルンバの走らない家

インスタグラマーさんのおしゃれな暮らしが本になり購入して読みました。

食洗機やルンバやマキタの掃除機を
お使いの方が多く便利そうだなーという印象をもちました。

マキタの掃除機だと階段も楽にかけられるし、大きな掃除機を出さなくとも
サクッと完了しそうです。

ルンバがあれば、勝手に掃除してくれてこれまた便利そう。

クイックルワイパー片手にあちこち
拭き回らなくても良さそう。

食洗機があれば勝手に洗って乾燥してくれて便利。

欲しいところですが

我が家はルンバの走る広さはないし
食洗機を置くだけの場所もありません。

階段はここ最近結露を拭いたタオルでそのまま拭いていますが上から下りてくるときにすればいいので楽チンです。

不衛生かもしれない?とも思いますが
階段だけなのでま、いいかと。

食器は五人家族にしては少ないと思うので手洗い、すぐ拭いて最近買った食器棚兼テーブルにしまいます。

食器棚が結婚してから今まで
家にありませんでした。
3段BOXにシートをしいて
使っていました。
ほこりよけのカーテンをかけて。

ですが棚の仕切りが壊れて二段になり
不便になったので
新調しました。

大変使いやすく便利でものも入るので
流しの下やキッチン回りの戸棚が空いてとても掃除が楽になりました。

流しの下は調味料とフライパンと鍋と
普段使わないレジャーシートくらいです。

今まで使っていた3段BOXよりはるかに大きく手狭感は否めませんが
利便性があがり家族も食器や片付けを快くしてくれるようになり
いい、出費だと思うことにします。

家が広くなりいいこともあれば掃除する箇所が増え、気が滅入ることもありますが使わない部屋はそのままにして

持ち物は場所を決めておくことで
だいぶ以前より管理しやすくなりました。
しょっちゅう、あれはどこ?これはどこ?あれ、あれなくなってる!
なんてことばかりでした。

ものが多すぎると管理できない性分のやうですのであまり増やさず
暮らしを工夫したりやめたり、してみます。

面倒なことが苦手です(T-T)
なるべく手抜きをしたい!


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 小さな暮らしへ
にほんブログ村

8回目の誕生日


今日は息子の8回目の誕生日です。
去年この日を迎えたとき、今のようなことになるとは夢にも思っていませんでした。

息子の発達障害の診断がおり
生活は変わりました。

変えていかざるを得なかったのです。

彼のためにできることをひとつひとつやっていくこと。
それがはじまりで今に至ります。

今までの私は朝が苦手で
朝御飯はまともに作ったことがありませんでした。

6つ離れた長女が朝御飯を支度してくれていました。

私はポーッとしているだけの
ダメ親でした。


そんな私の転機は息子に発達障害の診断がおりたことで

朝の登校しぶりがはじまり
寝てなどいられなくなりました。

朝五時に起きて家を整え、朝御飯を作ります。部屋を暖め温かいお茶を淹れて
六時に息子を起こして朝御飯を食べさせ様子や仕草から色々考えて話をして
なるべく前向きに学校に行ってもらえるようにしています。

世の中のお母さん方からすれば 
至極当然のことなのでしょうが
長年サボってきた私には
心の洗濯といってもいいくらい
目から鱗なことばかりでした。

朝からきちんと向き合うことで
より話をしてくれるようになり

どうしても辛いときが今なのかどうか見極められるようになってきました。

どうしても辛いときは休んでもいいよ、ということにしています。

親の怠惰は、必ず己に跳ね返ってくる。それを実感しています。

きちんとサインを見逃さないでいれば
もっとはやく見つけられたものもあったでしょう。

もっと早く楽にしてあげられたこともたくさんあったでしょう。

それを想うとき、申し訳なくて
たまらなくなります。

これからそんな後悔をさせたくない。
そのために朝の五時おきは私の全てでありスタートです。

この転機を無駄にせず
彼の期待に応えていきたい。
そう想います。

8回目の誕生日おめでとう。
これからもこんな親だけど
宜しくね。

読者さんがいるということ。


この間新しく読者さんになってくださった方がいると通知があり
へぇー!と驚いたものです。


こんなブログをわざわざ読んでくださっている方がいるということに驚きと感謝の念を禁じ得ません。

読んでもなにもないブログです。
得もないしあるとしたら読んだ時間が損だった、くらいでしょうか?

何はともあれ有りがたいことです。
ありがとうございます。

これからもこんな風にしか
書けないのでしょうが
それをコツコツ続けていつか何かに出会えればいいなと思いながら
やっていこうと思います。

糖質制限を休んでいます。


ここのところ、色々あって
食生活にまで意識が回らなくなり
糖質制限を休んでいます。


余計なことを考えたくない。
それだけです。

痩せたいとかどうとか
そんなの後回しなくらい
日常生活が大変になりました。


子供たちの発達障害診断に伴い
私の暮らしは変わり始めています。

より、家族として
親として、やれることを全力を尽くしていくということに。

たくさんの本を読んで
ネットで勉強して
ひとつひとつ試してみることに。

自分の体形のため食生活を維持する意識は他へと向けられています。

今となってはこれでよかったと思うのです。

いままで、私は私のことばかりを考えすぎていました。

ライフスタイルにはじまり、出で立ち、立ち居振舞い、持ち物、洋服の数、シンプルに余分なものを削ぎ落として身軽になるという途方もない夢のような暮らしを思い描いて家族を巻き込み
ふんふん、と鼻唄でも歌うように暮らそうと躍起だったこと。

ミニマリストのトップブロガーみたいな暮らしと家のなかを、思い描いて
本を読み漁り真似をして挫折をして
いま。ここにいます。

揚げ物は、買ってくるし
インスタントラーメンだって平気で週に何回か食べる。

朝御飯の変わりにおやつを食べて終わらすこともあるし、変な時間に昼寝をして9時すぎて晩御飯を作ることもある。

これが私の現実で
思い描いていたものすら跡形もありません。ひどいもんです。


けれどここにいることやそれにともない暮らしが変わってきても
私たち家族が幸せに暮らしていることには何ら変わりはありません。

思い込み?
うん、そうかもわからない。

もう無理しない。
憧れない。

私たちのための暮らしを構築する。
暮らしを営んでいく。
それに変わりない。

私たち家族が幸せだと想える暮らしを営んでいく。

それが幸せで、それがすべてで。

なにがあろうと、家族の幸せのために生きていこう。そう想うのです。

期待することをやめる。


なんで、言わないとわからないの?
なんで、やっといてくれないの?
なんで、私の気持ちわかってくれないの?


そのたびにイライラします。

ほんの小さなこと。


そのひとつひとつも積み重なれば山になり
遠吠えのひとつも出てしまう。


でも結局届いていないうえに
必ず余計な摩擦をよぶ。


どうしてどうして?といつも思っていました。

これぐらい、しといてくれてもいいんじゃないか?


もっと気を効かせてくれてもいいんじゃないか?


○○してくれてもいいんじゃないか?

と常日頃思っていたわけで。


じゃあ、例えば。

母さんなんだから
3食おいしいご飯を作ってくれてもいいんじゃない?

主婦なんだから家事も丁寧にしといてくれてもいいんじゃない?

○○なんだから
○○してくれてもいいんじゃない?

私もそればかり言われたら
きっと嫌になるでしょう。

なんで私ばっかり?
○○なんだからって、出来るときとそうでないときもあるじゃないの?

○○してくれてもいいんじゃない?って
出来ることは出来る人がやろうよ?

とか思うはずです。

その逆をきっと家族も通りすぎた見知らぬ人も
顔見知り程度のママさんにも
同じことがいえるんですよね。

勝手に期待をしてしてくれなかった!と
怒ってしまう。

私の思った通りに人は動くはずもないし
私の思った通りに動く必要もない。
なのに、期待して失望して文句を言う自分。


なんかそういうのに疲れてしまいました。
めんどくさくなってきました。



掃除も洗濯ももうしんどいときややる気の起きない時は後回しにして洗濯物はそこらへんに積んで

掃除は寝る部屋だけ掃除機をかけて
クイックるワイパーで済むところは済ませて
もうおしまいです、と。

ご飯作るの疲れたなあ、思い付かないなあ。

そうなると丼か、カレーかシチューか、鍋か。

ザクザク切って適当に煮ておしまい。

そうすることで
自分ばっかりやらされている、頑張らされている感が気持ち減ります。


もしも万が一、家族からブーイングがきたら

なら、あなたがやりなさい。と言います。

必ずしも私がしなければならないと決まったことではありませんし、畳んでくれなくて困るなら
自分でやればいいのです。

そして、そうすることで
私も家族にこうすべきだ!と言いません。
言えなくなるのもありますが。


これくらい…しといてくれても?と
思ってもま、いいやと忘れます。

腹を余計なことにたてるのは
もうこの歳になると疲れます。


道を避けてくれなくても、拾ってくれなくても
会釈してくれなくても
挨拶スルーされても

ま、いいやと。


そういうものだろうと。

自分に対して過大な期待をされるのも嫌だし
誰かにするのももうやめます。

私は私のままで暮らしていこう。
そう思うのです。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 小さな暮らしへ
にほんブログ村

おかしを食べたらダメなの?

これは私の個人的な考えを書いています。
興味のないかたはスルーお願いします。


3人子育てをしてきて今末娘が駄々っ子真っ最中です。

なにもかも嫌で、きかんぼうで頑なで
ピリピリしています。

100%、私を中心に世界が回ってるの!状態な彼女。


ここ最近、あまり食事を食べなくなりました。

ご飯を一杯食べられれば御の字というくらい。

おかずも食べず汁も飲まず
鮭フレークご飯と鳥皮を焼いたものしか食べない。

口をついて出るのは
ラーメンかうどんで

それ以外は
おやつだ、ゼリーだ、ジュースだ、アイスだと
のたまっていらっしゃいます。


今朝も朝御飯に用意したちび結びすら
一口も食べません。

その代わりラーメン!と言い出す。
ないよ、というと
じゃあおやつは?


はー(´Д`)

甘やかしてきたのはわかってる。
手抜きをしてきたのもわかってます。

本当に心血注いで離乳食、幼児食、おかずを
作っていたなら
もう少し食べられるものも増えていたかもしれません。

手を変え品を変え、調理方法を変えたり
雰囲気作りをしたりしていれば
変わったかもしれません。

でも、わたしはそういうことをするのは
もう嫌気が差して
一人目の離乳食時にポッキリ心が折れて
辞めてしまいました


食べたいもの、食べられるもので
いいじゃないかと。

たまには朝御飯がチョコでも
昼御飯がじゃがりこでもいいじゃないかと。


わたしは今朝、食べない娘を前にして
自問自答してみました。

なんでおやつおやつなの?
なんでご飯を食べないの?

でも、なんでおやつじゃダメなの?
なんで必ずご飯を食べなきゃダメなのか?

いいじゃん、そんなときがあっても、と。

私のなかで答えは出ました。

一人目の時に本を片手にこしらえた離乳食を
いとも簡単に娘は吐き捨て
こんなものは食べたくないんだと泣き出しました。

私は心底腹がたち娘に手をあげました。

そのとき、ここまでして
食べさせなきゃならない理由なんかないんだと
思いました。

食べたくないならそれでいいじゃない。
食べたいものをお腹一杯食べてくれるなら
それでいいじゃない。と。

食べてほしい理由が親にはあった。
栄養も気になる。食育が大切なんだって
猫も杓子も書いてあるし、言われる。
出来てないと不安で栄養が足らなくて
発達に影響が出たら?とそんな気持ちが先行していた。

だから栄養の整ったものを食べるべきなんだと
思い込んでしまった。

そう思い込んだ私は最終的には
食べてくれない苛立ちから娘をぶちました。

情けなくてたまらなかった。
こんなに頑張っても食べてくれない。

よその子はモグモグ食べてるのに
なんでうちだけ?と。
悲しくもなった。

けれど、それは私の思い上がりで
調理技術も親としての覚悟も出来てなかった私は本の通り、保健士の言う通り育てなきゃいけないんだと思い込んでいた。

それが出来ないと、親として失格だと。


でも本当に失格なのは自分本意な思いを振りかざして子にてをあげること。
コントロールしようと思ったこと。
娘を人間としてきちんと見てなかったこと。
と、今では思います。

娘は海苔と納豆とらくらくキューブのスープ、それにお茶かけご飯が好きでした。

3食、その繰り返しでした。
でも娘はいつもニコニコしながら食べていました。

小学校に入ると青菜が食べられ
高学年になるとフルーツが食べられるようになりました。

そんな彼女ですが発達に問題もなく
スクスク大きくなってくれました。


子供の声を聞く、それが出来ていませんでした。

末娘は、相変わらずのやんちゃで駄々っ子です。

そして今日もお茶かけご飯をニコニコ食べました。

魚も肉も食べないけど今はいいんです。これで。

そのうち、食べられるようになるから。